遭難と聞くとアルプス級の高山での登山や冬山登山での遭難を思い浮かべる人は多いのではないでしょうか?
遭難は「難に遭う」という字の通り、山で難に遭うということです。
つまり低山、高山問わず山で難に遭う=遭難で、実は低山の遭難件数の方が多いのです。
そこで低山の遭難の体験談をご紹介したいと思います。
最近の登山ブームもあり、様々な年齢の人、スキル、体力の人が登山を楽しんでいます。
また、低山は入山目的も様々で登山だけではありません。
どのような目的で、たとえ入るのが低山であっても危険が潜んでいることを知って、遭難の当事者にならない為にもぜひ参考にしていただければ幸いです。
目次
低山登山で遭難や事故の体験談、その5例。
衣服に潜む危険性
65歳男性
子供も登れる比較的穏やかで優しい低山の日帰り登山であった事例です。
沢登りも兼ねた低山登山
初夏の暑い時期で、稜線上は日差しを遮ることもなく、汗が背中を滴り落ちていました。
時折、沢筋に入ると一転して、涼しく風通しが良いので、平地のような熱中症にはなっていませんでしたが、沢に入るときは、やはり寒く感じ、その気温差が気持ち良い反面、後から思うとそれが体力を奪っていたのでした。
休憩中や木陰、風の通るところでは肌寒ささえ感じるほどでしたが、日の差し込む場所で汗だくという状況は、楽しい登山に夢中になっていると、体調の変化に気づくのが遅くなったのだと思われます。
異変は突然に!
急に左指に力が入らず、言葉に詰まりだして、呂律が回らなくなった様子に同行していた友人が気付きました。
少し休憩して様子を観察していた時に、運よく他のパーティが通過中に声をかけてくれ、そのメンバーの中にいた救急医が、急を要する深刻な状況と判断。
2パーティで協力して彼を下山させました。
不幸中の幸い
ヘリや消防が合流するのを待っていると手遅れになると判断がすぐにできた事、
合流したパーティのメンバーに遭難救助のスキル(搬送スキル)を持っていたメンバーが男性を安全、迅速に運ぶのに十分な人数がいた事、
助けてくれたパーティに救急医がいた事、
偶然が重なった結果、救急車が入山口に着くのと同じのタイミングで下山でき、迅速に病院まで搬送可能となりました。
一命はとりとめたものの、半年は入院してリハビリすることになりました。
医師の診断は「低体温症が引き金の脳梗塞」とのことでした。
救急医も現地で同じ診断だったので、仲間は当時の天候、気温から同行した仲間、まさかと思っていたようでしたが、搬送先の病院でも同じ診断だったので、驚いたようです。
この事例の原因は?
低体温症の一番の原因は、なんと男性が着用していた「下着」でした。
登山服は速乾性のものを着用していた男性でしたが、下着(インナー)は綿を着用していたとのことで、濡れたら乾きにくい、乾くときに体温を奪ってしまう綿素材に原因があったのです。
また、初夏の日差しに汗をかいて、時には日陰や沢筋で風にさらされたのも大きな原因となったようです。
この事例の教訓は?
このように、気温が高くなっても、条件がそろえば低体温症を発症する事、それがトリガーとなって脳梗塞などの重篤な疾患に繋がることがあるので、自身の体調管理とともに、衣服、特に下着にも注意を払わなければいけないと教えてくれる事例となりました。
単独行の落とし穴
60代男性
慣れた山で思わぬ場所での遭難事例です。
登り慣れた低山での遭難
気軽に入山できる日帰り低山で、何度も入山したことがあったので本人も家族も安心していたようです。
登山ルートは詳細を書いていませんでしたが、おおよそのルートは記録したものを家に置いていました。
夜になっても帰宅しない男性を心配した家族が警察に相談、翌日から捜索隊が探したものの、結局発見されることはありませんでした。
容易なはずが難航した捜索活動
ルートの取り方次第では中級レベルになる低山でしたが、男性の取ったルートは途中道迷いや滑落の危険性があるルートではありませんでした。
そして、有力な手掛かりもなく、捜索は打ち切られることになりました。
男性が取ったと思われるルートを警察や友人が探したのですが、どこも見通しが良く、目視でも誰かが倒れていれば十分にわかるように思えました。
思わぬところで発見
しかし、そのルートの20M沿いで二か月後に男性が発見されました。
登山道からは見通しが良いものの、帰り道では少し逸れると男性が倒れていた場所にあたるようで、少しルートからそれてしまった登山客が偶然発見したのです。
登山道からは少しひな壇になっていたのと、低い草が邪魔をして、男性が倒れていたのがわからなかったようです。
臭いに関しても、地形と風向きから登山道には吹き降ろさないようになっていたようで、捜索隊の発見に至らず、登山道から発見場所は目視で確認できるくらい近い場所でしたが、地形と植生の影響で、視覚的にも臭覚的にも「死角」となったのです。
この事例の原因と教訓は?
道迷いによる遭難死ではなく、おそらく休憩かトイレでその場所に行き、態勢を変えた時に何らかの身体的な事故が起きて(心臓発作など)それが遭難に繋がったのではということでした。
既往症がなくても、安全なルートの低山登山でも、単独での登山は危険だということがわかる事例です。
単独行というだけで低山であってもリスクが倍増する事を私達に教訓として伝えてくれているのではないでしょうか。
気軽な入山の危険性
30代男性
急に思い立って、登ってみようと午後に入山した事例です。
危険性は山だけでなくSNSでも
SNSの発達によって、色々な画像や体験を誰もが気軽に見ることができ、そして真似できる時代となりました。
そんな事がきっかけで不幸な遭難の事例も多くなったようです。
ネットで「〇時に出発して、すぐに下山、楽勝だった」という記事を読んで、その美しい画像と楽な感想に誘われ、軽装、軽装備、午後に入山。
そして帰らぬ人となりました。
気軽な思い付きと装備がもたらすもの
時々ニュースでも富士山の観光客の遭難も取り上げられますが、観光客が半袖半ズボンで、リュックに装備を入れることなく、気軽に登山、途中で動けず、救助されるというケースありますよね。
それが低山でも当てはまるということを、中々理解できないでいる人も多いようです。
スマホの登山アプリは優秀で、初心者でも地図、コンパスなくルートや現在位置を確認できます。
ただ、気温の低さ、思い立っての行動なのでバッテリー充電の不十分さからでしょうか、加えてアプリのバッテリー消耗もあったことから、一夜にしてバッテリーが無くなり、GPS確認は前夜の最終地点「予測」が男性の最後の手掛かりとなりました。
この遭難の原因と教訓は?
最終地点から外れた谷筋で一月後に発見されたことからすると、朝、もしくは夜にスマホの明かりで移動した可能性もあり、低体温症で亡くなったようです。
低山で簡単なルートという安心感から、電源があるうちに救助を求めると良かったのですが、年齢から行動と体力に自信もあり、動いてしまった結果、違うルートに入って低体温症となったのだと思われます。
登山は午前入山、3時までには下山終了。
それを基本とし、SNSの「簡単」などの感想は鵜呑みにしないこと、低山であっても装備はしっかり持つこと、山で身動きが取れない時の行動と判断が大切と感じさせる事例でした。
道迷い?山菜採り
60代女性
山菜採りという目的であっても危険がある低山
慣れている山なのになぜ?
家族、親戚と毎年春先になると行く山菜採りの事例です。
低山の麓に車を置いて山菜を採りに行くのが恒例でした。
山菜採りが目的なので、登山の装備(地図やコンパス、食料)などは持たず、ビニール袋一つだけで入山。
家族、二名一組で移動して山菜採りを楽しんでいて、気づいた時には伯母がいなくなっていたことに気づいた姪が他の家族に相談。
すぐさま警察に届け出ました。
滑落するような場所がある山ではありませんでしたが、沼地があること、熊も生息していることから、警察もすぐに捜索しましたが、その日は発見に至らず。
一週間後警察と消防団の捜索によりかなり下った沢筋で不明女性が発見されました。
この事例の原因と教訓は?
山菜採りやキノコ採りは足元とその先の地面に夢中になり過ぎて、ついつい「地形」「周囲の風景」を見逃しがちになり、自分が動いたルート、距離、方向の感覚が無くなってしまいます。
山菜を追って進んでいくうちに迷い、休憩しているときに体調悪化で亡くなったと推定されました。
山菜採り、キノコ採りであっても、安全な服装と装備、携帯電話など自分を守る準備をすること、そして、仲間と現在位置と安全を確認することが重要だと認識された事例です。
滑落?発作?
50代男性
通り慣れた登山道でのトレイルランニングでの遭難事例です。
トレイルランニングでも危険がある
観光客もよくハイキングするような低山でのケースです。
週に何度かトレイルランニングのトレーニングをする男性がいつものように入山。
帰らぬ人となりました。
家族も男性も「慣れたルートと山」ということで、いくつかあるルートのどこを、その日に通るかは確認していませんでした。
夜になっても帰宅しないことから捜索依頼。バッテリーは翌日には切れていたので、最終電波確認地点のみの手掛かりで、そこは数ルートが交差する場所という事もあり、男性の取ったルートを特定できずにいました。
数週間後、偶然通りかかった人が通った道の異変に気付き警察へ届け出、そこを重点的に捜索したところ、切り立った斜面の下の藪の中から男性が発見されました。
この事例の原因と教訓は?
トレイルランニング中に足を滑らせて、若しくは発作を起こして、いずれかのきっかけで斜面下に滑落したのだと推測されました。
この時も、慣れた山で、目的がトレイルランニングだったので装備はトレイルランニング用リュック、スマホのみで、単独での山での行動はランニングであっても、発見まで時間がかかる可能性があると認識されたケースです。
低山で遭難や事故の体験談のまとめ
今回挙げた5例は、毎年各地の山で起こっている遭難事例のほんの僅かな例でしかありません。
たとえ、低山であっても、ひとたび山に入れば、何が起こるかわかりません。
山から自力で下山できない、もしくは予定日に帰宅できない、それだけで「遭難」なのです。
自宅や街中で「ちょっと足をくじいた」というのは大したことではないでしょう。
でも山で起こるとそれは立派な「遭難」なのです。
高山でヘリや山岳警備隊によって助けられる様子、家族や当人が「迷惑をかけてすみません」と項垂れる様子、こういう事例だけが遭難でないことを知っておく必要があります。
どんな目的であっても、低山であっても、危険が潜んでいて、遭難件数は報道されていないだけで、入山者が多い低山のほうが実は多いのです。
その事を認識したうえで、私たちは山に入るべきなのでしょう。